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札幌高等裁判所 昭和40年(ネ)284号 判決 1967年3月29日

控訴人 旭川日産自動車株式会社

右訴訟代理人弁護士 坂井一治

被控訴人 株式会社金セ辰田木材店

右訴訟代理人弁護士 竹原五郎三

主文

(一)  控訴人の第一次請求につき本件控訴を棄却する。

(二)  当審における予備的に追加された新請求につき

被控訴人は控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四〇年六月二六日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え

控訴人のその余の請求を棄却する。

(三)  当審における訴訟費用はこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

(四)  この判決の主文(二)の第一項は控訴人において金一五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一申立。

(控訴人)

一、第一次請求(約束手形金請求)につき

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四〇年六月二六日以降支払済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、当審において予備的に追加した請求(損害賠償請求)につき

被控訴人は控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四〇年六月二六日以降支払済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被控訴人の負担とする。

との判決と各請求につき仮執行の宣言を求める。

(被控訴人)

本件控訴並びに控訴人の予備的請求をいずれも棄却する。

控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二主張。

(控訴人の請求原因)

一、約束手形金の請求(第一次請求)

(一) 被控訴人の使用人大家浩は、訴外丸瀬布トラック株式会社(以下、訴外丸瀬布と略称する)に対し、別紙目録記載の約束手形一通(以下本件手形という)を振出した。

(二) 右大家浩は、被控訴人会社代表取締役の妻の弟であって、会社創立の昭和二五年以来取締役であり、職員の上席で会計主任の地位にあった。そして、代表者の指示で手形を落すときなど、代表者印と小切手を銀行に持って行くようにしていたもので、その様なことは、同人が会計係になって年に二回位はあった。而して右本件手形の振出行為も、北海道銀行紋別支店において、手形を小切手で決済するのと借入金三〇〇万円の手形書換のため、手形作成のゴム印と代表者印を託されて、同銀行に赴き、同所でこれらを使用してなしたものである。そして、本件手形の振出以前の昭和三九年中にも訴外長嶋七次郎(本件手形振出の相手方である訴外丸瀬布の代表者)に頼まれて額面五〇万円の約束手形を振り出し、後に代表者の承認を得たこともある。かかる事情にあるから、右大家浩の本件手形振出行為は、商法四三条の使用人がその権限の範囲内においてなしたものというべく、被控訴人はその責に任ずべきものである。

(三) 訴外丸瀬布は、本件手形を昭和四〇年二月三日、控訴人に対し裏書譲渡し、控訴人は現にその所持人である。

(四) 控訴人は、本件手形を支払期日に支払場所に呈示、支払を求めたが拒絶されたので、右手形金と支払期日の翌日以降支払済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二、損害賠償請求(当審における予備的追加請求)

(一) 仮りに、本件手形が大家浩の偽造であって、被控訴人に手形金支払義務がないとすれば、大家浩は、本件偽造手形が流通に置かれれば、それにより損害を被むる者あることを知り乍ら若しくは知り得べきに拘らず敢えてこれを訴外丸瀬布に振出交付したものであるところ、同人は、被控訴人の被用者であって、その振出は前記一(二)記載の事情の下になされているから、右は同人が被控訴人会社の事業の執行に付きなした不法行為に該当する(昭和四〇年一一月三日最高裁判所第三小法廷判決)ものというべく、被控訴人は民法第七一五条によりこれにより控訴人が蒙った損害の賠償責任を負うべきものである。

(二) 而して、右大家浩の不法行為により控訴人の受けた損害は次のとおりである。

(1) 控訴人は訴外丸瀬布に対し別紙一覧表記載のとおり自動車を売渡した。その売買契約については、次の特約が付されていた。

(イ) 同表支払方法欄記載の分割払の金額及支払期日に相応する約束手形を差入れること。

(ロ) 右分割払を一回でも遅滞の時は期限の利益を失い残額一時に請求し得ること。

(ハ) 支払を遅滞したときは、日歩金一〇銭の遅延損害金を支払うこと。

(2) 訴外丸瀬布は右支払を遅滞し昭和四〇年一月現在で元本金二三〇万一五七三円、遅延損害金九万二四七五円の合計二三九万四〇四八円の債権を有するに至った。そこで、訴外丸瀬布は本件手形を控訴人に対する右債権の支払に代えて裏書譲渡した。

(3) 然るに、本件手形が偽造手形であってその支払を受け得ないために、控訴人は額面相当の金五〇万円及び同手形の満期日以後の法定利息に相当する得べかりし利益を失い、それだけの金額の損害を蒙った。

(三) よって、控訴人は被控訴人に対し金五〇万円とこれに対する昭和四〇年六月二六日以降年六分の割合の金員の支払を求める。

(被控訴人の答弁)

控訴人主張事実一、二につきいずれも大家浩が被控訴人会社の取締役で会計を担当していたことは認める(会計主任ではない)が、その余はすべて否認する。

第三証拠。<省略>

理由

一、本件約束手形と認められる甲第一号証の一の振出人欄の被控訴人会社代表者の記名印ならびにその名下の印影が被控訴人会社のゴム印及び代表者の印章によって顕出されたものであることは被控訴人の認めるところであり、原審証人長嶋七次郎、同大家浩の各証言によると、本件手形は、大家浩が昭和四〇年一月三〇日に北海道銀行紋別支店内において、たまたま所携の前記ゴム印及び印章を使用して訴外丸瀬布に対し振出したものであることが認められ、当審証人大家浩、同長嶋七次郎の各証言によっても、これを覆えすに足らず、他にこの認定に反する証拠はない。

二、控訴人は、大家浩の本件手形振出行為は、被控訴人会社の被傭者たる同人の権限の範囲内の行為に属するから、商法第四三条により、被控訴人がその責に任ずべきであり、仮りにそうでなければ被控訴人は右被傭者が事業の執行につきなした不法行為に当るから、民法第七一五条によりこれによって生じた損害の賠償責任があると主張するので、まず、その基礎事実を認定する。

大家浩が、被控訴人会社の取締役で会計を担当していたことは当事者間に争いなく、原審並びに当審証人大家浩、同長嶋七次郎、当審証人棚橋明の各証言を綜合すると、次の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

「大家浩は、被控訴人会社代表者辰田長吉の妻の弟であり、取締役でもあるが、被控訴人会社は使用人二五名程度の小規模な同族会社で、現場の仕事が多いため、事務所で事務をとっている者は右のうち代表者と専務取締役の棚橋明及び大家浩他一名であるため、同人は、職員の上席であり、事実上の会計主任となっていたものである。しかし乍ら手形の振出については常に代表者か、代表者不在のときは棚橋明が、その振出しを決定し、大家浩にはこれを委ねることなく、ただ、右代表者若しくは棚橋明において振出しを決定した手形につき、その都度指示を与えて事実上の作成行為をさせることがあった。そしてその手形作成に使用する会社代表者の記名印、印鑑は金庫に入れ、棚橋明において保管し右大家浩をして手形を作成させるときは、棚橋が金庫から取り出して大家浩に手交していた。尤も、被控訴人会社は、訴外北海道銀行紋別支店と取引があって、同銀行で手形を決済したり、または同銀行からの借入金の支払若しくは書替手形の差入れをする必要があり、かかる場合、右記名印並びに印鑑を大家浩に持たせて同銀行に赴かしめ、手形決済のための小切手の振出しや書換手形の振出しを同銀行で同人をして行わしめていたことがある。そして、本件手形は、たまたま代表者不在中に、同銀行で手形決済並びに手形書換えの必要が生じたため、棚橋明が大家浩に前記保管中の印鑑等を託して、その手形決済のための小切手振出及び書換手形振出をなさしめるべく同銀行へ赴かせた際、同人が偶然同所で出合った旧知の訴外丸瀬布の代表者長嶋七次郎に懇請されるままに訴外丸瀬布に金融を得させるため被控訴人会社代表者に断わりなく同銀行内でその印鑑等を使用して振出したものである。」

三、右認定事実によれば、大家浩は、本件の如き融通手形はもとより、銀行に対する書換手形についても、自己の判断でこれを振出す権限を与えられていたことはないのであるから、本件振出行為は同人が被控訴人会社の使用人として与えられた権限の範囲を逸脱した行為であるというべく、これに商法第四三条を適用すべきであるとする控訴人の主張は失当である。

よって、控訴人の被控訴人に対する本件手形金の請求は、その余の点を判断するまでもなく失当として排斥を免れないから、これを棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がない。

四、そこで、当審において予備的に追加された請求である損害賠償請求について判断する。

(一)  民法第七一五条にいう被用者が事業の執行に付きなしたる場合とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をも包含するものと解すべく、これを被用者が取引行為のかたちでする加害行為についていえば、当該行為が被用者の分掌する職務と相当の関連性を有し、かつ、被用者が使用者の名で権限外にこれを行うことが客観的に容易である状態に置かれているとみられる場合のごときも、右外形上の職務行為に該当するものと解すべきである(最高裁判所昭和四〇年一一月三〇日第三小法廷判決参照)。今これを前認定の事実に照らすと、大家浩は、自らの判断で手形を振出す権限を持たなかったにせよ、被控訴人代表者若しくは専務取締役棚橋明の指示により、被控訴人会社及び代表者の印鑑等を託されてその事実上の作成行為をし、取引銀行に対し手形、小切手を振出すときは、それらを託されて、同銀行内で被控訴人のために手形、小切手を作成する行為をその職務内容としていたものであるから、本件約束手形の振出は、まさに被用者の分掌する職務と相当の関連性を有する場合に該当し、かつ、被控訴人会社では、前記のとおり、大家浩に印鑑等を託して同銀行に赴かしめて、同銀行内で、手形、小切手の作成をなさしめていたものであるところ、本件手形の振出は、右目的で託されたその印鑑等を利用し、かつその銀行内でなしたものであるから、これまた被用者が使用者の名で権限外にこれを行うことが客観的に容易である状態に置かれていた場合ということができる。

されば、大家浩の本件手形振出行為は、外形上同人の職務の範囲内に属するとみられ、民法第七一五条にいう事業の執行に付きなされたものと解すべきである。

(二)  そこで、損害の発生につき判断するに、当審証人三好馨、同長嶋七次郎の証言並びにこれらにより真正に成立したと認められる甲第三ないし第八号証によると、控訴人は訴外丸瀬布に対し別紙一覧表記載のとおりに自動車を売り渡し、これについては、その分割弁済を一回でも怠ったときには期限の利益を失うとともに、支払遅滞については日歩一〇銭の遅延損害金を支払うべき旨、及びその場合は控訴人は契約を解除して自動車の返還を受けるとともに売買代金相当の違約金の支払を受けることができ、その場合控訴人は右返還された自動車の時価を北海道販売店協会の定める査定表を基準として算出し、その金額と既払代金を右違約金及び遅延損害金に充当しなければならない旨の特約が付されていたところ、訴外丸瀬布の履行遅滞により、控訴人は昭和四〇年一月一五日現在で元本金二三〇万一五七三円、遅延損害金九万二四七五円の合計二三九万四〇四八円の債権を有するに至ったこと、そこで訴外丸瀬布は、右売買代金元本の内金五〇万円の支払の方法として同年二月五日に本件手形を控訴人に裏書譲渡したこと、その後控訴人は同年二月末日頃、前記特約に基づく解除権を行使特て自動車の返還を受け、これを前記特約の方法で時価を算出し、なお既払代金(本件手形金相当額は期日前であったからこれを除いて)を違約金に充当した結果、前記特約に基づき控訴人が支払を受けるべき違約金並びに遅延損害金の合計は金一六八万となったこと、右の計算関係は遅くとも同年五月中に訴外丸瀬布に通知され、訴外丸瀬布もこれを諒承したこと、ところが、本件手形は期日に支払を得られず、訴外丸瀬布はその頃倒産して支払能力がなく、控訴人は同訴外人から本件手形の償還を受けることは現にその見込がないこと、が認められ、他にこれに反する証拠はない。

そうだとすれば、控訴人の右解除権の行使により、控訴人の訴外丸瀬布に対する売買代金の残債権は前記特約に基づき、違約金債権に転じたものというべく、従って右売買代金の内金支払の方法として交付されていた本件手形も、当事者間では当然これが支払を受けたときは、右違約金並びに遅延損害金の内金の支払に充当されるべきことに暗黙の諒解があったものと推認すべきであるから、控訴人は本件手形が期日に支払われれば、その期日の昭和四〇年六月二五日現在で右違約金並びに遅延損害金債権の内金五〇万円の弁済を受け得たところ、これが偽造であって、その支払が拒絶され、且つ手形上の振出人たる被控訴人に対し手形債権も取得できないことにより、右違約金並びに遅延損害金の内金五〇万円の弁済が得られず、且つこれを訴外丸瀬布から支払を受け得る見込が現に存しないことにより、これと同額の損害を蒙ったものということができる。

(三)  そして、控訴人の右損害は、被控訴人の被用者たる大家浩が、本件手形が将来流通に置かれるべきことを認識しつつこれを偽造したことに因って発生したものであり、これと、右控訴人の蒙った損害との間には相当因果関係があり、且つ右大家浩の本件手形の偽造行為が、被控訴人会社の事業の執行につきなした場合に該当することは前判示のとおりであるから、被控訴人は、控訴人に対し前記損害を賠償すべき義務がある。

なお、控訴人は、本件手形の不渡りにより控訴人の蒙った損害(喪失した得べかりし利益)は手形金債権であり、従って本件手形の満期日以降支払済までの手形法所定の法定利息(年六分)相当の金額についても損害が発生したと主張するが、前認定のとおり本件手形の不渡りにより控訴人の蒙った損害は、前記違約金並びに遅延損害金債権の内金五〇万円の弁済が得られなかったことによる損害であって、本件手形金債権の喪失による損害ではない。従って、手形債務の不履行を待って始めて生ずべき手形法上の利息債権についても、被控訴人が控訴人に対し手形債務自体を始めから負担していない本件にあっては、かかる債権の発生する余地はなく、本件手形の不渡りに因っても被控訴人に対する関係ではこの債権が発生したことを前提にこれに相当する損害が生じたとする控訴人の主張は失当として採用できない。

よって、控訴人の損害賠償の請求は、本件手形金相当額の金五〇万円と、これに対する損害発生の日以後である昭和四〇年六月二六日以降支払済まで年五分の法定遅延損害金の支払を求める限度において正当である(控訴人は、右昭和四〇年六月二六日以降支払済の金員を年六分と請求し、その法律上の理由づけが理由のないことは前説示のとおりであるが、控訴人のこの点の請求は、要するに金五〇万円が期日に支払われなかったことによる損害の主張であると解され、その点の控訴人の事実上の主張からは右五〇万円の不法行為債権に対する年五分の法定遅延損害金の請求を包含するものと解せられ、その限度では理由あると考えるので認容すべく、その余(損害金を年六分とする部分)は失当として棄却すべきである。

五、よって、控訴人の第一次請求についての本件控訴はこれを棄却し、当審で予備的に追加した請求については右の限度で認容し、その余は棄却し、控訴費用につき民事訴訟法第九五条、第九二条を、仮執行の宣言につき同第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

<以下省略>。

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